図書館において蔵書が盗まれたり、傷つけられたりする事件、利用者の所持品が置き引きされる事件を耳にすることが少なくありません。
図書館内での犯罪発生件数が他の公共の空間、たとえば学校や公園とくらべて多いかどうかはわかりません。
ただ、図書館というのは、所蔵する本や資料を利用するための専用の施設であり、立ち入る権利は万人に与えられているとしても、立ち入る理由がある人は限られているはずです。
また、開館中は図書館員が必ず常駐しています。無人の駅や公園はあっても、無人の図書館はありません。
図書館が知的な作業に最適化された空間であることは確かであり、この意味において、図書館の内部は、静かな安全な場所として外の世界から隔離されていると言うことができます。
しかし、それだけに、図書館内で犯罪が頻繁に発生するという事実は、私たちの注意を否応なく惹くことになります。
それでは、図書館内における窃盗や器物損壊を防止するためには、どのような対策が有効であり現実的であるのでしょうか。
この点について、誰の心にも2つの対策がただちに浮かぶはずです。第1に、身分証等による入館者の確認、第2に、防犯カメラの設置です。しかし、前者は必ずしも効果的ではなく、後者には克服すべき障害があります。
第1に、すべての入館者に対し入館のたびに本人確認の書類を提示させることは、決して不可能ではありません。実際、全国のほぼすべての大学図書館では、何十年も前から、身分証——学生証、教職員証、あるいは、図書館が本人確認の上で発行した入館証など——を提示しなければ入口のゲートを通過することができないような仕組が整備されています。入館のときだけではなく、館内の閲覧室と書庫を距てる扉の開閉にも身分証が必要となるようなシステムを導入している大学図書館もあります。
しかし、大学構内にあり、しかも、入館者をこのように厳しく管理しているにもかかわらず、大学図書館における窃盗や器物損壊は——件数は少ないとしても——ゼロにはなりません。
そこで、第2に、「入館者の管理が犯罪の抑止にならないのなら、防犯カメラを設置すればよいのではないか」というアイディアが多くの人の心に浮かぶに違いありません。
もちろん、すでに現在、どのような図書館にも、何らかの形で防犯カメラが設置されているはずです。図書館内で犯罪が発生するのは、防犯カメラの数が不十分であり、館内に死角があるからであると考えることは自然であり、実際、そのとおりなのでしょう。
ただ、実際には、私が知るかぎり、どの図書館も、死角を解消するのに十分な数の防犯カメラを館内に設置してはいません。これは、必ずしも予算がないから——防犯カメラを設置する予算すらない図書館もないことはないかも知れませんが——ではありません。防犯カメラは、図書館の使命と相性が悪い装置だからです。
「図書館の自由に関する宣言」に明記されているように、図書館、特に公共図書館というのは、知る自由を国民に保障するとともに、民主主義の担い手を育成することを主な使命として設置されたものであり、言葉の広い意味における社会教育の機関です。(後篇に続く)