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立食パーティーにおける会話の中断について

by 清水真木

 私は立食パーティーなるものを苦手としています。できることなら参加したくないと考えています。私が立食パーティーに参加することがあるとするなら、それは、何かを食べたり飲んだり楽しくおしゃべりしたりするためではなく、自分が招待した人が出席しており、私には欠席することが許されないとき、あるいは、当の立食パーティーに顔を出さないかぎり会うことができない誰かに会うためです。「立食パーティー」などという珍奇なスタイルを発明したのが誰なのか、私は知りませんが、この発明は、少なくとも私にとっては厄災以外の何ものでもありません。

 立食パーティーについて私が特に嫌なのは、会話への割り込みです。私は、他の参加者たちの会話にはできるかぎり割り込まないようにしています。私自身、多人数による会話が苦手であり、誰かと話すときには一対一を原則としているからです。

 しかし、立食パーティーでは、誰かの会話に割り込んでその会話を中断させ、会話の参加者の誰かと新たな会話を始めることは,許容範囲の行動と見なされているようです。

 実際、私がパーティーの席で知り合いと会話しているとき、見ず知らずの出席者が私の相手に話しかけて会話を中断させ、そのまま、私のことを無視して私の相手と新しい会話を始めてしまうことが少なくありません。私は、大抵の場合、立食パーティーに出席するたびに、このような割り込みを何回か体験します。

 私たちの会話に割り込む出席者は、私たちの話に区切りがつくまで待つことができないほど急いでいるのでしょうか。それとも、私を相手とする会話など中断させてもかまわないと考えているのでしょうか。

 私の会話を中断させる見ず知らずの出席者は、私のことは知らなくても、私の話し相手とは親しいのが普通であり、(私のひがみでないとするなら、)「私の話し相手が、自分を優先させるのは当然」と信じているように私には見えます。

 ただ、この事実は、次のような観点から眺めることもまた必要であるかも知れません。私は、一方において、見ず知らずの他人によって会話を中断されることを数えきれないほど体験してきました。しかし、他方において、私の会話を中断しなかった出席者、つまり、私の会話に区切りがつくまで待っていた出席者がいないことの証明は不可能です。

 私にできるのは、立食パーティーにおいて会話を中断された回数を数え上げることだけであり、それが多いのかどうかについては、実は何も言うことができないのかも知れません。

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