Home 世間話 買い物の前に際限なく情報収集することについて(その2)

買い物の前に際限なく情報収集することについて(その2)

by 清水真木

※この文章は、「買い物の前に際限なく情報収集することについて(その1)」の続きです。

 しかし、「正しい買い物」に固執するかぎり、私たちは、購買行動を際限なく繰り延べながら、類似の商品のあいだの違いを細部にいたるまで明らかにする努力を続けます。ノートの場合、サイズ、紙の品質や色、罫線の間隔、太さ、色など、比較することができる箇所はいくらでも見つかります。しかし、比較する商品の数がある限度を超えると、私たちは、比較の細部に迷い込み、そして、現実の商品に辿りつくことなく、購買そのものを諦めてしまうでしょう。これは、「正しい買い物症候群」(?)と呼ぶことができる一種の精神疾患に似た障害であるようにも見えます。

 「通販生活」は、40年以上も前に創刊した通信販売の有名なカタログです。そして、これもまたよく知られているように、「通販生活」の特徴は、商品の種類ごとに1つしか商品を掲載しない点にあります。電気炊飯器についても、加湿器についても、掲載される商品は、版元のカタログハウスがその都度推奨する1種類のみ、したがって、「通販生活」で買い物するかぎり、「選ぶ手間」はかかりません。

 たしかに、いかなるオプションも提示しないというのは、不親切であるように見えます。しかし、たがいに似た同じような商品の海から正しい1点を選び出す手間から私たちを解放するばかりではなく、購入したのちに私たちを襲う「自分が買ったものは本当に正解であったのか」という気がかり——これが商品に対する満足度を大いに損ねます——からも自由にものを使い続けることができるのなら、精神衛生の面では、その方がよほど好ましいようにも思われます。

 しばらく前、次のような文章を書きました。

 オーブンレンジを買い換えるにあたり、私が持っていた情報は、設置する場所の幅と奥行きだけです。巻き尺で寸法を測ってこれをメモしたのち、吉祥寺にある家電量販店——ヨドバシカメラです——に行きました。そして、店頭にあるオーブンレンジのサイズとメモを照らし合わせ、設置可能なモデルが3つしかないことを確認しました。最後に、店頭で案内している販売員に声をかけて3つの違いを説明してもらい、機能の点でもっともすぐれていると思われるものを1つ選んで購入し、自宅に届けてもらうよう手配しました。所要時間は、移動を含め、合計2時間くらいです。「正しい買い物」を目指してネットで十分な情報収集を試みていたら、今でもまだ新しいオーブンレンジには辿りついていないに違いありません。

 もちろん、さらにすぐれた商品を手に入れることができた可能性はゼロではありません。それでも、費やした時間や手間を考慮するなら、全体として、私の買い物は十分に正しいものであったと言うことができます。

 ネットを利用して無限の量の情報を収集することが可能となったせいで、私たちは、買い物における「正しさ」(つまり「正解」)に固執するようになり、そして、これが原因となり、(「正しさ」への期待に反し)消費生活の質がかえって損なわれているように思われます。

 買い物に本当の意味における「正しさ」なるものがあるとするなら、それは、商品の機能や価格などの比較のみによって実現するものではありません。買い物に費やされる手間や時間もまた、買い物の正しさを評価するために考慮されなければならないのです。

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