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文法警察としての私

by 清水真木

しばらく前、あるアメリカのテレビドラマを観ていたとき、”grammar police”という言葉が耳に飛び込んできました。日本語に直訳するなら「文法警察」となります。

誰かと会話しているとき、話の腰を折る形で相手の言葉遣いの誤りを指摘するのが文法警察の典型的な行動であり、私がドラマで観たのも、会話中の2人の人物のうち1人が相手の言葉遣いの間違いを指摘し、とっさに「文法警察みたいなことをしてごめんなさい」と謝るシーンでした。

もちろん、他人の言葉遣いの間違いを指摘することは、必ずしも歓迎されません。私もまた、会話の途中で相手から言葉遣いの間違いを指摘されたら、よい気持ちはしません。「文法警察」という表現は、言葉遣いの取り締まりに励む本人が自称するものではなく、他人に対する悪口として用いられるのが普通なのでしょう。

とはいえ、実は、私自身は、年季の入った文法警察であり、言葉遣いについては許容範囲が狭い人間です。

直接の会話の中では、相手の言葉遣いを即座に訂正することはさすがに滅多にありません。(教室で学生と向き合うときはこのかぎりではありません。)

しかし、最近は控えるようにしていますが、以前は、自宅でNHKの番組を観ていてアナウンサーの言葉遣いの間違いに気づくと、そのたびに画面に向かってツッコミを入れていました。今でもうっかりやってしまうことが稀にあります*1

もっとも、何を読んでいても、また何を聴いていても、言葉遣いの間違いが気になり、そのせいで、内容から注意が逸れてしまうことも少なくありません。これは、文法警察の困った副作用であると言うことができます。

そう言えば、今日の午前中に読んでいたある文章の中に、「……について言及する」という表現がありました。この表現を見つけると同時に、文法警察としての私の頭の中では赤色の警告灯が点滅し始めました。というのも、「……について言及する」は明らかな誤りだからです。正しい表現は「……に言及する」です。「言及する」は、「……に話が及ぶ」ということであり、「話が及ぶ」地点を指し示すのにふさわしいのは助詞「に」だからです……、などという面倒くさい理屈をしばらくのあいだ頭の中でこね回していました。

*1:地上波の定時のニュースに出演するようなアナウンサーは、ニュース以外の番組でも、言葉遣いに関しほとんどまったくミスしません。この点に関し、彼ら/彼女らとその他のアナウンサーとのあいだには大きな「落差」があることがわかります。文法警察を続けていなければ、このようなことには気づかなかったと思います。

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