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よいパン屋と悪いパン屋について(後篇)

by 清水真木

※この文章は、「よいパン屋と悪いパン屋について(前篇)」の続きです。

ところで、世の中にはパンに強い興味を持つ人が少なくないのでしょう、食べたパンの写真、訪れたパン屋の記録、パン作りに関する専門的な批評など、ネット上にはパンに関する情報が氾濫しています。

私には、パンについての情報をみずから発信するほどの知識はありません。また、パンを買うためだけにどこかに出かけるほどの熱意も持ち合わせていません。それでも、これまで行き当たりばったりに訪れたパン屋は相当な数になります。そして、このような経験にもとづき、店の雰囲気と並べられた商品を一瞥し、そのパン屋が「当たり」であるかどうかのおおよその見当はつくようになりました。

ただ、「当たり」のパン屋の条件を包括的に記述することはできません。なぜなら、パン屋の当たり/はずれに関する私の予想は、基本的に「勘」にもとづくものだからです。また、あるパン屋が私にとって「当たり」であるとしても、パン屋に期待するものが人によって区々である以上、私にとって「当たり」のパン屋が万人が肯定的に評価するパン屋であるとはかぎりません*1

それでも、私に「当たり」と思われるパン屋には、誰にとっても明らかな特徴を少なくとも1つは共有しているように思われます。それは、商品に必ず「食パン」が含まれていることです。(食パン以外に商品がない店はこのかぎりではありません。)

私は、初めて入るパン屋では、食パンの有無を最初に確認します。というのも——私は、パン作りについては完全な素人ですが——食パンは、焼き上がるまでに時間を必要とするパン、しかし、その割には利益率が低いパンであるはずだからです。(競争があるせいで、高い値段をつけられないという事情があるのだと思います。)

なお、私が「食パン」という言葉を使うとき、ここには、〈食パン風の形状の小型のパン〉は含まれません。「食パン」の名に値するのは、1斤以上の単位で売られているものだけです。(1斤は、「340グラム以上」とすることが法律によって定められています。実際、スーパーマーケットで売られている食パンの包装には、内容量が1斤であることと、1斤が340グラム以上であることが必ず明記されています。)

私の経験の範囲では、食パンを店頭に並べている店は「当たり」であり、〈食パン風の形状の小型のパン〉を「1斤」ではなく「1個」と表示して店頭に並べている店は、大抵の場合、「はずれ」です。

食パンを商品に加えるパン屋は、他のタイプのパン、つまり、短時間で焼き上がり、利益率の商品よりも、誰もが口にする可能性があり、他との比較が容易な食パンを店頭に並べることの方を優先していることになります。それぞれのパン屋がどのようなつもりで食パンを焼いているのか、私は直接には知りませんが、少なくとも私自身は、パン屋の店頭に食パンが置かれていることの意味をこのように受け止めています。そして、私は、あえて食パンを商品に加える店の方針を(勝手に)評価し、初めて入った個人経営のパン屋で食パンを見かけたら、できるかぎりこれを購入するようにしています。

もっとも、個人経営の小規模なパン屋の場合、一般に、食パンを焼いている店は商品のバラエティに乏しく、反対に、商品の種類を売りものにしている店には、食パンの代わりに「パン・ド・ミ」などと称して〈食パン風の形状の小型パン〉が置かれていることが多いように思われます。本当の食パンを焼く手間を考慮するなら、しかし、このトレードオフは当然のことであるに違いありません。

*1:私自身は、パン屋に対し、多種多様な「菓子パン」を期待しません。菓子パンを購入しないわけではありませんが、もともと保守的であるせいか、私は、(菓子パンではない普通の)パンの種類が充実している店の方を高く評価します。しかし、パン屋を菓子パン類のバラエティにもとづいて評価する人も、あるいはいるかも知れません。そして、このような人にとっては、私の意見は何の役にも立たないはずです。

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