Home 言葉の問題 「あなたは何ゴミ?」について(全4回の4、完)

「あなたは何ゴミ?」について(全4回の4、完)

by 清水真木

※この文章は、「『あなたは何ゴミ?』について(全4回の1)」「『あなたは何ゴミ?』について(全4回の2)」「『あなたは何ゴミ?』について(全4回の3)」の続きです。

誰でもわかるように、英語が使用される空間では、このような問題は発生しません。というのも、ゴミを集積所に運んできた市民に向けられるのは、”What kind of trash did you bring with you?”という問いかけであり、この問いかけには、ただ1つの意味しかないからです。(この文を”What kind of trash are you?”の意味に理解することは不可能です。)

しかし、「あなたは何ゴミ?」という日本語の文は、形式的に考えるなら、中国語の文「你是什么垃圾?」と同じように、2つの意味で理解することが可能です。(もっとも、「あなたはどのようなゴミですか?」と誰かに日本語で尋ねる状況を想像することは困難ですが。)日本語の「あなたは何ゴミ?」を英語に置き換えるときには、上記の2つのどちらの意味であるのかをあらかじめ決めなければなりませんが、中国語へは、もとの文の二義性を保存したまま置き換えることが可能となります。「あなたは何ゴミ?」に関するかぎり、日本語から英語への翻訳の場合とは異なり、日本語から中国語への翻訳の作業には、「自分が本当に表現したいことを把握し、新しい観点からこれを明瞭に表現する」効果は期待できないことになります。

もちろん、確かなことは、上海のゴミ集積所で発せられた「你是什么垃圾?」と「あなたは何ゴミ?」という文のあいだの置き換えには、〈事柄〉の正確な把握を必要としないということだけです。これは、「中国語は、自分が本当に表現したいことをつきつめて考えなくても習得できる言語だ」ということをいささかも意味しません。

反対に、日本語と中国語の置き換えにおいて、表現したい〈事柄〉の吟味を必要とする場面はいくらでもあるはずです。むしろ、日本語と中国語のあいだには日本語と英語ほどの言語間距離がないだけに、中国語の学習では、2つの言語のあいだのさらに微妙な差異に注意を向けなければならない場合が多いはずです。

日本語の文を外国語の文にあらためるとは、単語の機械的な置き換えではなく、文が表現する〈事柄〉に新しい観点から光を当てることである、これは、明治以降の英語学習の体験により日本人が手に入れた偉大な洞察であると言うことができます。

しかし、少なくとも自然言語に関するかぎり、翻訳という作業のこの効果には限界があり、(すべての複数の言語のあいだで、)ある言語の曖昧な表現が同じ曖昧さを保持したまま別の言語に置き換えられてしまう場合がある、日本語を母語とする者は、「你是什么垃圾?」という文からこのようなことを学ばなければならないかも知れません。

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