Home やや知的なこと ウクライナの大統領がアメリカ議会での演説において真珠湾攻撃に言及したことについて(前篇)

ウクライナの大統領がアメリカ議会での演説において真珠湾攻撃に言及したことについて(前篇)

by 清水真木

 3月16日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、アメリカの連邦議会の議員に対しオンラインで短いスピーチを行いました。

 この演説の冒頭に近い箇所において、ゼレンスキー大統領は、2001年の同時多発テロと1941年の日本海軍による真珠湾攻撃に言及します。その発言は、次のようなものでした。

 パールハーバーを思い出してください。1941年12月7日の朝、飛行機が攻めてきて空が真っ黒になったときのことを。
思い出してください。9月11日を思い出してください。2001年の恐ろしい日、人々があなたの街を戦場に変えようとした日を。無辜の人々が空から攻撃されたとき。誰もそれを予想していませんでした。それを止めることができなかったのです。

 この発言がわが国の言論空間において惹き起こした反応は、おおむね否定的なものだったようです。

 実際、「ロシアと一緒にしないでもらいたい」「日本が開戦に踏み切らざるをえなかったのにはやむをえない事情があったのだ」などの意見をネット上のいたるところで見かけました。

 私は、「真珠湾攻撃にはやむをえない事情があった」という主張がそれ自体として間違いであるとは思いません1

 しかし、それとともに、「やむをえない事情があった」ことを根拠として真珠湾攻撃をロシアのウクライナ侵攻から区別する試みはナンセンスであると私は考えています。

 なぜなら、ロシアによる侵略にもまた、何らかの、少なくともロシアにとっては「やむをえない事情」があったはずだからであり、少なくともこの一点に関するかぎり、日本による真珠湾攻撃とロシアによる侵略のあいだに違いはないからです。

 ロシアの「事情」なるものは、国際政治に不案内な私には想像することすらできませんが、それでも、何らかの「やむをえない事情」があったという事実を否定することは誰にもできないはずです。

 そもそも、私たちは誰でも、また、いかなる状況のもとでも、「もっともよい」ことを必ず選びとります。

人間にとり、「悪い」と思っていることを選びとることは不可能だからです。私たちが選びとるものは——逆上していたり、寝ぼけていたりするときですら——本人のつもりとしては、必ず何らかの意味において「もっともよい」ものでしかありえないのです。(後篇に続く)

  1. というよりも、これから述べるように、これが間違いであることは形式的に不可能です。 []

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