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いわゆる「いじめ」について

by 清水真木

 最近、あるミュージシャンによる「いじめ」が繰り返し話題になっています。昨日、下記のような記事を読みました。

 すでに多くの人々が繰り返し要求しているように、問題の人物は、当事者に対して明確に謝罪する必要があります。

 「いじめ」については、ハラスメント一般と同じように、誰かがみずからを被害者と規定した時点で、「いじめ」が成立したと見なされます。この場合、加害者の方にいじめたという自覚があるかどうかは関係ありません。

 実際、「いじめ」として認定された出来事、あるいは、認定されうる出来事の多くにおいて、加害者には、誰かをいじめたという自覚がないはずです。他から指摘されても思い出せない、ということすら稀ではありません。

 けれども、今回の場合、小山田氏は、自分が「いじめ」の加害者であるという自覚を持っていました。しかも、この自覚を雑誌記事として1度ならず広く世間に公表しています。これは稀有な例であると思います。

 そして、「いじめ」の加害者としての自覚をこれだけ明瞭に持っているのであるなら、被害者に対面して直接謝罪することからは逃げられないでしょう。もちろん、被害者の方が赦すかどうかはわかりませんが。

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