※この文章は、「現実逃避の手段としての高圧洗浄機について(前篇)」の続きです。
ところで、土間のコンクリートの汚れを高圧洗浄機で落とす作業には、麻薬的な中毒性があります。長い年月のあいだに汚れが積もり、くすんだ色になったコンクリートに高圧の水を噴射すると、汚れが吹き飛ばされ、もとの明るい色が姿を現します。すでに洗った箇所の明るい色と、まだ洗っていない箇所のくすんだ色のきわだった落差を確認しながら、くすんだ色の面積をゆっくりと小さくして行く作業では、その結果を視覚的にハッキリと確認することが可能であり、おそらくこれが原因で、高圧洗浄機は、達成感を確実に与えてくれるのです。
YouTubeには、高圧洗浄機による土間コンクリートの洗浄の様子を記録した膨大な動画がアップロードされています。(日本語なら「高圧洗浄機」、英語なら”pressure washing”が検索のキーワードになります。)ただ、高圧洗浄機を使って土間コンクリートをきれいにする作業に依存するのは男性に固有の傾向なのか、YouTubeにアップロードされた動画に登場するのは、99パーセントが男性です。
たしかに、現実の世界において、自分が費やした手間が結果にこれほど直接に反映されるようなことは滅多にありません。いや、それどころか、高圧洗浄機は、手間以上の成果を実現します。高圧洗浄機を使うには若干のコツが必要となりますが、このコツを身につけてしまえば、あとは、決まった手順で決まった操作を続けるだけで、私たちの「腕力」のみでは決して得られないような成果を得ることができるのです。高圧洗浄機は、「俺に落とせない汚れはない」「何でもきれいにすることができる」などという錯覚、一種の「全能感」を与えるのです。土間コンクリートの洗浄の動画をYouTubeに繰り返しアップロードしている男性たちにとり、高圧洗浄機は現実逃避の手段であり、彼らは、この「全能感」に囚われ、「高圧洗浄機依存」に陥っているのかも知れません1 。
私自身、高圧洗浄機を手に入れ、土間のコンクリートをすべてきれいにしたあと、依存に陥りつつあるのではないかという恐怖を抱きました。というのも、自宅で仕事しているとき、「高圧洗浄機できれいにできるところは他にないかな?」などとボンヤリと考えていることがあるのに気づいたからです。また、街を歩いているとき、汚れた土間コンクリート、外壁、塀などを見かけ、「高圧洗浄機を使えばきれいになるだろうな」と「仕上がり」を想像することもありました。
高圧洗浄機は便利な道具です。しかし、自宅の敷地にコンクリートの広い土間があったり、汚い壁があったりする人にとっては、これは、依存のきっかけになる危険な道具であるのかも知れません。
私は、放っておくと、見ず知らずの他人の敷地に高圧洗浄機を抱えて入り込み、勝手にきれいにする危険がまったくゼロというわけではないような気がし始めました。そこで、その後は、高圧洗浄機のことをできるかぎり考えないようにしています。
ただ、幸いなことに、私がひどい不精者であるおかげで、高圧洗浄機を物置から出し、電源と給水管につなぐ手間が障碍となり、今のところは、「高圧洗浄機依存」には陥らずに済んでいます。
なお、くすんだ土間コンクリートに高い水圧の水を噴射すると、驚くほど明るい色に戻って行きますが、これは、汚れが落ちるからであるというよりも、むしろ、水圧によってコンクリートの表面が薄く削られているからであるようです。したがって、コンクリートが柔らかい場合、洗浄後に表面に目に見えない凹凸が生まれ、これが原因でかえって汚れやすくなる場合もあるそうです。(だから、高圧の水が当たると、たとえば大谷石の壁は簡単に崩れてしまうはずです。)
- 高圧洗浄機への依存について、次のブログの記事を見つけました。珍しいことに、女性の体験のようです。
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