創業してから長い年月を経た——当然、現在もなお営業を続けている——商店は、一般に「老舗」と呼ばれます。
創業から何年を経過すれば「老舗」となるのか、この点に関し一律の基準などあるはずはありません。ある店が老舗であるかどうかは、同じものを商う他の店との比較によると考えるのが自然だからです。特殊な、しかし相対的に安定した需要に応える商品——たとえば仏具、銃砲など——を扱う店なら、創業100年でも老舗とは見なされないかも知れません。しかし、コーヒーショップやエステサロンなら、創業から5年以上を経過した店は、もはや老舗と見なして差し支えないように思われます1 。
とはいえ、私は、創業してからの時間を基準として老舗を他の店から区別することは、必ずしも適当ではないと考えています。というのも、創業から長い年月が経過した店でも、この間に、店の立地や客層に関しいちじるしい変化を経験することが少なくないからです。老舗は、同じ屋号の店が同じ場所で同じようなものを商い続けてきたという事実のみによって老舗であるのではなく、大切なことは、同じような客を相手に商売してきたことであるように思われるのです。
実際、たとえば東京の銀座や日本橋に店を構えるいわゆる「老舗」の多くが標的とする客層は、大抵の場合、創業のころとはまったく異なるばかりではなく、20年前、30年前とくらべても大きく変わっています。
このような店は、最近何十年かのあいだに、地元あるいは近隣の地域から訪れる客を相手にしなくなり、これに代わり、当初は地方からの観光客を、そして、最近では、一見の外国人観光客を主な標的とする店作りにいそしんでいるように見えます。このような老舗に客が訪れるのは、商品に対する現実的な需要があるからではなく、そこが「昔の名店」であるからにすぎない場合が多いように思われます。言い換えるなら、個人客を相手とするいわゆる「老舗」の多くは、事実上の土産物屋として生き残っていると言うことができます。
創業が古い時代に遡り、有名であるとしても、商売の性格を大きく変えたこのような商店が、それでもなお「老舗」店と見なされうるのか、社会全体が共有する遺産として大切に守る価値が老舗にあるのか、冷静に考えてみることが必要であると私は考えています。
- 大学は商店ではありませんが、あえて大学に「老舗」の概念を持ち込むなら、「老舗」の大学の最低限の条件は、旧大学令にもとづく大学として設置されたことに求められるでしょう。戦前に専門学校にすぎなかった大学、あるいは、戦後になってまったく新しく作られた大学は、老舗には当たらないと考えるのが妥当です。 [↩]