わが国の文房具には、品質に関し、また、デザインに関し、世界に誇ることができる製品が少なくありません。また、文房具全体の販売額には、増加の傾向が認められます。
それにもかかわらず、普段の生活において平均的な日本人が文房具店を訪れる機会は少なくなり、それとともに、文房具店の数も減少し続けています。
かつて、自宅からもっとも近い文房具店は、徒歩5分のところにありました。現在、もっとも近い文房具店に辿りつくには、片道20分以上も歩いて荻窪駅の反対側まで行かなければなりません。自宅のもっと近くに小さな文房具店があればいいのに、と考えることが少なくありません1 。
しかし、私のこのような不満を目にして、「それならネットで買えばいいんじゃないの?」という意見が心に浮かんだ人がいるかも知れません。たしかに、ネットで文房具を購入することがまったくないわけではありません。ただ、本や雑誌がネット通販と非常に相性がよかったのとは反対に、文房具2 は、必ずしもネット通販に向いてはいません。理由は2つあります。
第1に、普段の生活において消費する文房具というのは、単価が本とはくらべものにならないほど安く、それなりの量をまとめて購入しないと、本体の価格を送料が上回ってしまいます。この意味において、ネットで購入する文房具は割高になりがちです。
第2に、普段の生活において消費される文房具については、「切れた」状態、つまり、「1つのものを使いきって次が手もとにない」状態が生まれるのは好ましくありません。たとえば、1冊のノートを最後まで使い切ったら、ただちに、まったく同じ新しいノートの1ページ目を開いて作業を続けることができるのが理想です。この理想を実現するためには、近所に文房具店があり、同じものを少量ずつ頻繁に買い足すことができないと都合が悪いのです。通販を利用して同じものを補充しようと思っても、たとえばボールペンなら、上に述べた理由により、(使い切ることができるかどうかわからないのに、)1度に相当な量——たとえば1ダース——をまとめて購入しなければならないばかりではなく、届くまでに多少の時間がかかることもまた避けられないでしょう。
文房具を日常的に使う者にとっては、本屋が近所からなくなるよりも、文房具店がなくなる方が生活に深刻な影響を与えます。文房具店がこれ以上減らないことを心から願っています。
- 私が小学生のころは、少なくとも杉並区では、小学校や中学校の前には、必ず文房具店がありました。私が通った小学校は、周辺に商店が何もない住宅地の中にありましたが、それでも、正門の前に小さな文房具店が2軒ありました。しかし、「学校を探せば文房具店が必ず見つかる」という法則は、最近は必ずしも通用しないのかも知れません。実際、自宅の近くに中学校がありますが、すぐ近くに文房具店はありません。この学校の生徒たちがどこで文房具を手に入れているのか、私は知りません。 [↩]
- 私がここで想定しているのは、高額な筆記具、あるいは、いわゆる「おしゃれ文房具」ではなく、日常生活において実用として使われる文房具です。 [↩]