ところで、どの万年筆にも、万年筆に注意を向けることなく文字を書くことに集中することができる紙の質、筆記速度、持つ角度、筆圧、インクなどの様態について、それぞれ異なる幅の「許容範囲」があります。この許容範囲を逸脱するような形で使われると、万年筆は、使う者が望むようにふるまってくれなくなります。「万年筆がインクをケチる」というのは、その万年筆の許容範囲を超える様態で使われていることのサインの1つであると言うことができます。
使いやすさと価格の関係
そして、私の狭い経験の範囲では、適切に筆記するためのこの様態の「許容範囲」の幅は、万年筆の価格に大体において比例します。つまり、価格が安い万年筆ほど許容範囲が狭く、道具として使いこなすことができるようになるまで時間がかかり、反対に、高額な万年筆では、許容範囲が広く、道具として使用するのに特別な修練や知識や試行錯誤を必要としないのが普通です。
万年筆において、適切に使うための様態の許容範囲と価格とのあいだにこのような相関関係が認められるなら、ここからは、「万年筆なるものを使い始めてから日の浅い人ほど、高額な万年筆を使うのがよい」という逆説的な教訓を導き出すことができます。
低価格の万年筆、たとえば、1000円あるいは2000円程度の万年筆が「初心者向け」として有名なメーカーから販売されています。しかし、本当は、これらの万年筆は、その使用の様態に関する許容範囲が狭く、本当に手に馴染んで長時間にわたって使い続けることができるようになるためには、持ち方を変えたり、インクを変えたり、紙を変えたりしながら、針の穴のように狭い最適の「ポイント」を探さなければならないタイプの製品であり、むしろ上級者向けです。
もちろん、高ければ高いほどよい、というわけではありません。(ある限度を超えると、万円筆の価格は、筆記具としての価値ではなく、装飾やブランドの価値を反映するものになってしまうからです。)それでも、これもまた私の個人的な経験では、最初に手にするのにふさわしいのは、日本製なら最低でも1万円以上、輸入品なら2万円以上のものとなるように思われます。