私は、どちらかと言えば小食です。したがって、旅に出て、地元の美味しいものを食べることはあっても、食べることを目的として旅に出ることはありません。(そうでなくても、旅に出て帰ってくると、体重が増え、胃の調子がおかしくなります。したがって、旅先では、食べ物を可能な範囲で制限することにしています。)
しかし、世の中には、地元の名物を食べることを1つの目的として旅する人が少なくないようです。よほどの健啖家であるか、あるいは、同じ地域にそれなりに長期間滞在するのでなければ、地元の名物を「食べ尽くす」のは困難ではないかと、小食な私などは想像してしまいます。
また、私は、このような広い意味での「食べ歩き」について、物理的な可能性以前の問題として、知的ではなく、美的でもない「下等な趣味」という印象を持っていました。
ところで、少なくとも日本では——おそらく外国でも——地元の名物として一般に供されている食べ物の多くは、「ファストフード」「ジャンクフード」に分類されるのが適当なものであり、このようなものを食べ漁るというのは、どう考えても、みずからを「高級」と見なす人間にはふさわしくないように思われたからです。
そもそも、わが国の場合、長い歴史の中で、「食べ歩き」のための社会的な環境が整備されるのは、18世紀、つまり、江戸時代の半ば以降のことであり、これ以前には、大食いや美食家はいたとしても、「食べ歩き」を趣味とすることは不可能であったはずです。食べ歩きというのは、この意味において、歴史の浅い趣味もあることになります。