この文章は、以下の6点を内容としています。
- 書籍のフォーマット選択は、想定される読み方にもとづいて決めるのがよい。
- 単線的・一方向的な読み方には電子書籍が適し、あちこちを参照する読み方には紙の本が適する。
- 紙の本は辞書、図鑑、問題集、料理本などの実用書や学術的な引用に便利である。
- 電子書籍は文学作品のように一方向的に読むものに向いている。
- 古代の「巻物」は電子書籍に、「冊子」は紙の本に対応する。
- 技術革新がないかぎり、紙の本が電子書籍に取って代わられることはない。
紙の本と電子書籍の両方が販売されている図書を購入するとき、どちらのフォーマットを選ぶべきか迷うことがあります。選択の基準は1つではありませんが、何を措いてもまず判断にあたって考慮すべきことは、その図書の読まれ方です。大抵の場合、どのような読み方を想定しているかにより、選択すべきフォーマットもまた、おのずから決まります。
書物の「読み方」は、次の2つに大きく分かたれます。すなわち、本の読み方は、
(1)本の最初から最後に向かって単線的かつ一方向的に読み進めるか、それとも、
(2)1冊の書物の複数の箇所を同時に参照したり、ページの順序に従わず、同じ本のあちこちを拾い読みしたりするか、
のいずれかに区分することができます。
検索が必要なら「紙の本」
私の場合、想定される読み方が(2)なら、それ以上は何も考えずに「紙の本」を選びます。具体的には、辞書、図鑑、問題集、料理本に代表される実用書、地図、および、レファレンスとして使用することが想定されるもの、そして、本や論文を執筆するときに引用、参照する可能性があるもの1 がこれに当たります。私自身は、自分の専門にかかわるものは原則としてすべて、「紙の本」で揃えることにしています。
複数の書物を同時に参照したり、同じ本の複数の箇所を同時に参照したりする可能性があるなら、「紙の本」の方が「電子書籍」よりもはるかに便利です。このような読み方のもとでは、図書の特定の箇所の位置をページの「厚み」における位置と関連づけて記憶しているのが普通だからです。「あの話題に関する説明が出てきたのは、大体この辺りだろう」などと大雑把に見当をつけ、親指をページのあいだに差し込んで書物を開き、その後、ページを前後にめくりながら探索範囲を徐々に縮小する……、(キーワードが明確である場合は別として、)「紙の本」が目の前にあるかぎり、このような読み方には何の問題もありませんが、「電子書籍」で同じことを行おうとするなら、多くの余計な時間がかかることが避けられません。(「電子辞書」ではなく普通の「電子書籍」のフォーマットの英和辞典なるものが販売されていないのは、これが途方もなく使いにくいからです。)
単線的に通読するなら「電子書籍」
上で述べたような読み方が想定されていない書物は基本的にすべて、(1)に分類されます。そして、(1)に分類される図書は、「電子書籍」の形で入手することが少なくありません。私の場合、最近数年間に入手した文学作品の多くは「電子書籍」です。
ただ、文学作品の中でも、探偵小説についてだけは「紙の本」で読むことにしています。というのも、探偵小説を読むときには、すでに読んだ箇所を必要に応じて参照することが少なくないからです。(これが普通の読み方なのかどうか、私にはわかりません。)
「ページ」と「スクロール」の歴史
世の中には、「紙の本」か「電子書籍」かの選択については、私がこれまで説明してきたもの以外にもさまざまな基準があります。しかし、古代以来の書物のフォーマットの歴史を振り返るなら、上記の(1)(2)の区分がもっとも正統であり、もっとも優先されるべきものであることがわかります。
古代ギリシャおよびローマにおいて、書物の基本的な形は巻物(volumen) でした。つまり”scroll”です。これは、最初から最後まで、前に戻ることなく一方向的に通読——古代なら主に朗読——されるのに適したフォーマットであり、誰が考えても明らかなように、巻物の形式の書物のあちこちを参照するのは、不可能ではないとしても、大変に面倒な作業です。
そして、おそらくこの「あちこち参照するのに向かない」という特性が主な原因となって、古代末期以降、巻物は、書物の一般的なフォーマットの位置を失います。そして、巻物を駆逐して新たに書物の外形をなすようになったのが「冊子」(codex) つまり、現在の私たちになじみのある本の形です。書物の体裁が巻物から冊子へと変化するとともに、複数の書物を並べて見比べることも、同一の書物の複数の箇所を同時に参照することも格段に容易になりました。私が専門とする哲学との関係で言うなら、書物のフォーマットのこの変化は、哲学の裾野を広げるのに貢献した出来事の1つに数えられるべきものでしょう。
このような観点から眺めるなら、電子書籍は「巻物」に対応し、紙の本は「冊子」に対応することがわかります。つまり、巻物と同じように、電子書籍は、「線形的」であり「一次元的」であることを免れられません。そして、この特性のせいで、将来の何らかの技術革新がこの点を克服しないかぎり、電子書籍が市場におけるシェアをどれほど拡大しても、紙の本がなくなることは決してありません。
「紙の本か電子書籍か」という選択において、私たちがまず考慮すべきであるのはこの点であると言うことができます。
- 紙の本のページで引用箇所を表示することが必要になるためです。 [↩]