Home やや知的なこと AIにはものを作る能力があるか(その1)

AIにはものを作る能力があるか(その1)

by 清水真木

 しばらく前、ミニマリズムについて次のような文章を書きました。

 以下は、これに関連する話です。

 上の文章において簡単に述べたように、道具を用いてものを作る能力は、人間に固有ものであり、この能力を手がかりに人間は他の存在者から区別されると伝統的に考えられてきました。しかし、20世紀後半以降、動物の行動に関する新しいデータが積み重ねられ、その結果、道具を用いてものを作る動物の行動が報告されるようになりました。現在では、ものを作ることができるのは人間だけではない、という意見の方が支配的であるかも知れません。

 しかし、私自身は、道具を用いてものを作る能力が人間以外の動物にも具わっているという意見には与しません。私が知る範囲では、これらの動物は、人間がものを作るのと同じ意味において何かを作るわけではないからです。

 人間の「製作」(ポイエーシス)という活動を基準とするなら、他の動物の生活のうちに、「人間が同じことをしたら、それは『製作』に相当するであろう」と考えられる「もの作り」が認められることは事実です。すなわち、自然物を変形、加工し、当の動物の行動が介在しなければ自然界には生まれるはずがないようなものが出現する可能性があることは確かであり、このかぎりにおいて、人間と同じように、動物もまたものを作る、と言えないことはありません。

 しかし、反対に、動物による「もの作り」と考えられているものの光学のもとで人間の「製作」を眺めるとき、私たちは、両者の決定的な差異に否応なく気づきます。人間の「製作」には、動物の「もの作り」には認めることができない決定的な特徴が具わっているのです。それは、人間の「製作」の本質を形作るものとしての「自由」です。

 動物の「もの作り」は、必要となる時間や素材に関係なく、次の点において一致しています。すなわち、動物自身には「作らない自由」がなく、「途中でやめる自由」がないのです。動物は、作る/作らないを熟慮して決めているわけではありません。何を作るか、どのような素材を用いるか、いつ作り始めるか、などを決めることもできません。Xを作り始めたが、途中で飽きてしまい、最終的に出来上がったのはYであった、というようなこともありません。Pという素材を用いてものを作り始めたが、隣にいるやつがQという素材を使っているのを見て格好良いと思ったから、自分もQを手に入れて最初から作り直した、などということは、決して起こりません。動物は、特定の外的な条件のもとに身を置くと、決まったものを決まった素材を用いて、決まった順序で作り始め、そして、完成するまでその作業をやめません。途中でやめる「自由」がないからです1

  1. 動物による「作品」が未完成あるいは不完全なまま残されることがあるとするなら、それは、「もの作り」のプロセスを外部から物理的に阻害されたときだけです。 []

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