何年か前から、「日本は貧しくなった」「今後もますます貧しくなる」というような意味の発言をネット上で見かけることが多くなったような気がします。
もちろん、わが国は、最近30年くらいのあいだ、あまり経済成長していない——とはいえ、完全に停滞していたわけではないのですが——ことは事実であり、この意味において、他の国々と比較すると相対的に貧しくなったと言えないことはありません。
また、最近は、生活必需品の価格が微妙に上がっており、その分、購買力が低下して実質的に貧しくなったこともまた、間違いないのでしょう。
ただ、私の認識に間違いがなければ、もともと、わが国の労働分配率は、いわゆる「先進国」の中では相対的に低く、また、会社員の場合、企業の業績が給与に必ずしも反映されない傾向があったはずです。少なくとも私が子どものころから、「会社の業績がよくなっても社員の生活がラクにならない」という意味の苦情や不満をたえず耳にしてきました。
この認識が正しいとするなら、少なくとも敗戦以降、現在にいたるまで、平均的な日本人が個人のレベルで生活の豊かさを実感したことは一度もなく、賃金が不当に安く抑えられているという感じをつねに——バブルの時代ですら——持っていたと考えるのが自然です。
これが誰の責任であるのか、何がその原因であるのか、経済に不案内な私には確定的なことを語る資格はありません。ただ、日本人が昔から貧乏であった(あるいは、貧乏であるという感じにつねに囚われてきた)ことが事実であるなら、最近になってにわかに姿を現した「日本は貧しくなった」という意見は、ある側面においては、必ずしも妥当ではないように思われます。したがって、私たちがすべてに先立って確認しなければならないことがあるなら、それは、「何がどのような状態になると暮らしが豊かになったという感じを持つことができるのか」という点であり、この点に関し社会全体の合意がないかぎり、どのような政策も「運まかせ」となり、場合によっては「天下の愚策」ばかりとなるに違いありません。