しばらく前、あるネットの通販サイトで蕎麦の花の蜂蜜なるものを見つけました。よく知られているように、蜂蜜の色、味、香りなどがその素材となる花によって大きく異なります。私自身は、蜂蜜に特に詳しいわけではなく、したがって、蕎麦の花からとれた蜂蜜なるものについてもまた、何も知りませんでした。
その通販サイト(蜂蜜の専門店でした)には、蕎麦の花の蜂蜜の特徴に関する説明は一切なく、ただ、「国産アカシア」「国産レンゲ」などの表記と並び、「国産そば」という表記とその暗色の画像だけが掲げられていました。価格は、他の種類の国産の蜂蜜と外国産の蜂蜜の中間くらいであり、少なくともそのサイトでは、アカシアやレンゲの蜂蜜が売り切れになっていたのに対し、蕎麦の蜂蜜については在庫が十分にあるようでした。きわだって暗い色にいくらか不審の念を抱いたものの、「蜂蜜であることに違いはあるまい」と甘く考え、蕎麦の花の蜂蜜なるものを注文し、数日前、これが自宅に届きました。
早速開梱し、暗色であることを確認したあと、容器を開封したところ、吐き気を催すような不快な匂いに襲われました。ネットで検索してみたところ、やはり、この蕎麦の花の蜂蜜については、その暗い色と不快な匂いへの言及が大量にヒットしました。ネット上では、多くの人々が、この不快な匂いを動物的な臭いになぞらえて記述しており、私もまた、初めて蜂蜜の匂いをかいだとき、小動物の排泄物をすぐに連想しました。(もっとも、これは蕎麦の花のもともとの香りですから、吐き気を催したとしても私の責任です。)
蕎麦の花の蜂蜜とはいえ、国産のものは決して安価ではありません。蕎麦の花の蜂蜜の匂いを消し、少しでもおいしく食べる工夫を試みるのは当然です。実際、ネット上では、匂いを消すための方法がいくつも紹介されています1 。
私自身は、1日1回、蜂蜜をこれと同量の酢に混ぜ、水で薄めて飲むことにしています。匂いをかがないかぎり、事前に気分が悪くなることはありませんが、それでも、飲んだあとに口の中に「獣くさい匂い」がいくらか残ります。
そこで、この匂いを消すことは諦め、その代わり、酢と混ぜて水で薄めた蜂蜜を飲むたびに、「これは蕎麦のすばらしい香りだ」と自分に繰り返し言い聞かせて暗示をかけることにしました。(念のために言うと、蕎麦の花の香りは、それ自体としてはまったく「すばらしい」ものではありません。「肥料臭」などと表現されることがある不快なものです。)最初の2日間は、それでも、飲むたびに「小動物の飼育小屋」が心に浮かびましたが、不思議なことに、3日目からは、なぜか、匂いがあまり気にならなくなりました。少なくとも、「動物臭」は感じられなくなりました。
けれども、蕎麦の花の蜂蜜の匂い関するかぎり、これを克服する効果的な方法、そして、もっとも安上がりな方法は、他の食品と混ぜてこれを消すことではなく、「これは蕎麦の花のすばらしい香りだ」と自分に繰り返し言い聞かせることであるように思われます。
私はこれまで、自己暗示や自己催眠なるものの効果をあまり信用していません。少なくとも、次のようなこの分野に関する古典的な文献が想定する場面での使用——病気の治療や社会的成功——に効果はないと考えています。
しかし、蕎麦の花の蜂蜜の匂いのような日常生活の小さな障害の克服には、自己暗示や自己催眠は意外に有効であるのかも知れません。
- 私が確認したかぎりでもっとも推奨されていたのは、「ブルーチーズと一緒に食べる」というものでした。私自身は試していません。蜂蜜を消費するのに必要なブルーチーズの価格とカロリーが相当なレベルになる可能性があるからです。 [↩]