数年前、関西地方のある小さな大学の入試において、私の著書の一部が小論文の問題文として使用されたことがあります。
私の著書は、最近、毎年5から10の大学・学部、あるいは高校の入試において国語や小論文の問題文として使われています。入試において問題文として使用されると、しばらく時間が経ったのち、大学から入試において使用したことの報告があり、続いて、当の大学、教材の出版を手がける企業、予備校などから、再利用の許諾申請が届くのが普通です1 。したがって、小論文の問題文として使用した旨の手紙と再利用の許諾申請が問題冊子の現物とともに当の大学から送られてきたときにもまた、特別の感慨はありませんでした。
ところが、大学に返送する書類を作りながら小論文の内容を確認していたとき、私は、その設問を見て、最初は驚き、そして、数秒後、その意図に感嘆しました。その設問は、私の文章を読み、その内容を確認した上で、同じ問題について私とは異なる見解を試みに述べることを求めるものだったのです。短く表現するなら、その設問は、「次の文章を読んで反論しなさい」となります。この設問は、あるいは特に珍しいものではないのかも知れませんが、私自身にとっては初めてでした。
相手の主張に正しい意味で「反論」することが可能となるためには、その主張を、根拠を含めて正確に理解することが必要です。反論するとは、もとの主張の前提にあたる推理のどこに間違いがあるのか、慎重に吟味し、その間違いを具体的に指摘しながら、あくまでも共通の枠組の内部において、自分なりの見解を明確に述べる作業だからです。もちろん、これは、論駁や「論破」(笑)とはまったく性質が異なります。
- 私立大学はほぼ例外なく、使用を報告する文書を入試の終了後にみずから、あるいは代行業者に委託して著作者に送付しますが、国公立大学(および国公立高校)の場合、「過去問」をみずから配布する必要に迫られないかぎり、使用の事実を著作者には通知しないのが普通です。したがって、出版社や予備校などから作品の許諾申請がなければ、国公立の学校が私の文章を入試で使用したことは私にはわかりません。(各種の公務員試験や公共セクターが実施する資格試験で著作物が使われた場合も、著作者への通知はないのが普通です。)もちろん、著作者への通知は、法律上の義務ではありませんが、それでも、著作者に通知しない国公立の学校が多い理由は不明です。 [↩]